4年ほど前に藤原に住まう絵描きのおじいさんに頂いた三面大黒のコピー。
武尊神社
高崎市から藤原に移り住んで古民家などを絵に納めているおじいさんがいるのだが、4年前の夏にバイクで宝川温泉に行ったあと何か建物があって絵が描いてあるので、立ち寄った事がきっかけであった。
武尊神社という山岳信仰の神社が藤原にあるのだが、ここの人が武尊神社にあるもの鑑定して欲しいと、この絵描きのおじいさんに持ち込んだなかの一つにあったらしい。
古文書も読ませてもらったが、現代訳をすると、
「江戸時代の中頃に、武尊神社の神主であった十何代目かの、林 金太夫という人が、飢饉や厄病でその土地(藤原)の部落(住んでいる人の事で用語ではない)の衆がとても困っていた。林 金太夫が天に助けを祈願した所、『武尊大明神』と告げる神が、三面大黒のビジョンを夢で送り、林 金太夫がその通りに彫刻を施し版にして、刷ったものを部落の衆にお守りとして授けたところ、厄病が消えて粟だけではあるが、豊作になった」
と、書かれていた。(ここから粟沢という地名が出来たのか?という話にもなった)
このコピーはその版を元に印刷してから、コピーで拡大させてから修正したもの。原図はSDカードほどの大きさだった。
それで、この三面大黒図を託されたのだが、「武尊(ほたか)さまが神仏の使いで馬で来るから其の者に託せ」と夢で告げてきたので絵描きのおじいさんがなんだろう?と思った矢先に私が来たのだという。
「はあ?」という感じだった。
「このおじいさんは、なんか狐かなんかに憑かれているのか?もう、心だけあの世に到達してるのか?」と思ったが、そんな怪訝な態度を察知されて、
「君は、一昨日水のある所に下半身だけ水びたしになって困ったね」
と、あっさり言うので、
「はい、その通り。一昨日なら長野原の聖天様の湯という温泉に浸かっておりましたが、女の人が入ってきて隠さずにいるので、どきどきとしてました」
と、言うと、ひたすらおじいさんは笑っていた。
というか、このおじいさん惚けてるけど強ええぞと思った。
後で話になったが剣道やっていて高崎市の防犯などに協力していたのだと言う。
それで問答が終ってしまい、この三面大黒図を手渡した。
羽黒修験の信仰のある寺でこれと良く似たものが、あるとかで東○大の先生が一週間前に、この図を見にきたのだという。
なんだか分からないが、こういう事もあっても良いか?と思ってこの三面大黒図とヤタガラス(熊野のお札)をもらったのだが。
武尊大明神という山の神様がいるのですねえとしか。
何度かこの神社の掃除やら整備に行ったが、私は特に何も感じないと。
御神木があるなら行く意味も私にはあるのだけど、
「なんで私はこの神社で掃除しているのだろう?」と思った。
ここ→武尊神社
因みに武尊神社は、何か願い事が叶うと木刀を奉納する慣わしのある武神でもあり、父親の残した木刀を奉納した。
長くバイクでツーリングしているといろんな事があるものだ。
おじいさんの住まう所 宝泉堂というあります。
まだ生きておられるのか?



