2008年09月02日
アフガニスタンで誘拐された伊藤さんの遺体発見
少し時間がたったのでこの記事に。
28日に日経を読みながら電車に揺られていたけど、なんで正義とか奉仕とかで頑張っている人が死んで、私のようなろくでもない人間がのうのうと生きているのかなあ?と思った。
叔母が看護婦だったので、「海外国際ボランティア」に参加でもしてきたらいいんだよ!とか、ろくでもない私に言われてなんかパンフレットをよこしたが、「こういうのをやるのは偉いヒトだねえ。私は偉くないから行きたくないし、借金(当時ね)があるからボランティアなんかしてる場合でないから」とパンフレットを投げた。
他の人間のために、正義だとか、奉仕だとかボランティアだとか真剣にやっている人って何でこうなっちゃうのだろうな?と。
一つの法則でもあるようだ。
ちょっと前だったら、神も仏もない、と思っていたかもだがよくよく考えると、そういう事ではない。悪いが身体障害者の人に親切にすると、あからさまにその人の汚さ、醜さを直視することになったりする。それは身体に障害があるからで済まされない事だったり。
困ってるバイク屋がいたので、自分も金が無くて困っていたし、いらないけど中古のバイクを買ったとたんに、ありえない自爆したり。売れなくて困っているという割りには自分の子供にCBR1000Rを新車を与えたりと。
悪いが、その店のオヤジを西部劇でよくある、馬の後ろに引きずるみたいなことを、買ったバイクでやろうかな?とピキピキときた。
「おっさん、よく覚えておけよ」と言い残した。
神仏はとても公平なのだな、と。
だから、気の毒な人に対して奉仕とボランティアとか嫌い。
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